親知らずの抜歯は立派な外科手術です。術後の食事選びは、単なる栄養補給ではなく、「傷口をいかに早く治し、激痛(ドライソケット)を回避するか」という重要な治療の一環と言えます。
抜歯後のデリケートな時期を乗り切るためのポイントを、フェーズ別にまとめました。
【最短解決】時期別:食べていいもの・ダメなもの一覧
まずはこの表を確認して、今の自分に最適なメニューを選びましょう。
| 時期 | おすすめの食材 | 避けるべきもの | 注意点 |
| 当日(麻酔中) | 原則として飲食禁止 | 熱いもの、硬いもの | 火傷や頬の誤咬のリスク |
| 当日(麻酔後) | ゼリー飲料、冷製スープ、豆腐 | 辛いもの、熱いもの | ストロー禁止(吸い込まない) |
| 2〜3日目 | お粥、うどん(柔らかめ)、 卵料理 | ごま、イチゴ、お煎餅 | 腫れのピーク。 反対側の歯で噛む |
| 4日目〜1週間 | ハンバーグ、煮魚、オムレツ | ステーキ、ガム、お酒 | 徐々に普通食へ。 小さくカットする |
目次
抜歯直後から当日:麻酔と「血餅(けっぺい)」の保護

抜歯直後から当日にかけては、お口の中が最も慎重な配慮を必要とする時間です 。
麻酔が完全に切れるまでの食事制限
抜歯では通常、局所麻酔を使用します。効果は個人差がありますが、一般的に1〜3時間ほど持続します。麻酔が効いている間は、以下の理由から食事を控えることが強く推奨されます 。
- 思いがけない火傷
温度に対する感覚が麻痺しているため、熱いスープやコーヒーを飲んでも熱さを感じず、口腔粘膜に重度の火傷を負うリスクがあります。
- 頬や舌の誤咬(ごこう)
咀嚼(そしゃく)の際に自分の頬の粘膜や舌を強く噛んでしまうことがあります。麻酔が切れた後に、抜歯の傷跡以上の痛みや大きな口内炎に悩まされる原因となります。
- 誤嚥(ごえん)のリスク
喉の感覚が鈍っている場合、飲み込みがうまくいかず、水分や食物が気管に入ってしまう恐れがあります。
「血餅(けっぺい)」を剥がさないための工夫
抜歯した後の穴(抜歯窩:ばっしか)には、血液がゼリー状に固まった「血餅(※)」が形成されます。これは傷口を保護し、新しい組織(肉芽組織や骨)を作るための「天然のかさぶた」の役割を果たします 。
(※血餅とは:血液が固まってできた天然のバンソウコウ)
血餅には以下の重要な機能があります:
- 1.顎の骨を保護する
抜歯後の穴の底には骨が露出していますが、血餅が蓋をすることで細菌や物理的刺激から骨を守ります。
- 2.治癒を促進する
血餅に含まれる成分が、傷口を塞ぐための細胞を増殖させます。
もし、激しいうがいや舌での接触、吸い込むような動作(ストローの使用など)で血餅が剥がれ落ちてしまうと、骨が露出したままになる「ドライソケット」という状態になり、激しい痛みを引き起こす可能性があります 。食事の際は、血餅を物理的に刺激しないよう細心の注意が必要です。
抜歯当日の食事選び:おすすめと避けるべきもの

麻酔が切れ、出血が落ち着いたら少しずつ栄養補給を始めます。この時期のキーワードは「非刺激性」と「低負荷」です。自炊が難しい場合でも、コンビニを賢く利用すれば必要な栄養を摂取できます。
当日におすすめの食材(コンビニ活用術)
噛む回数を極力減らし、粒が少なく、傷口に刺激を与えないものを選びます。
- ゼリー状栄養食品
咀嚼を必要とせず手軽です。ただし、ストローや吸い口から強く吸うと口内が陰圧になり「血餅」が剥がれるリスクがあるため、必ずコップや器に移し、スプーンですくい上げるように食べましょう。
- カップの茶碗蒸し・温泉卵
具材を除けば非常に柔らかく、不足しがちなタンパク質を効率よく補給できます。
- ぬるめのスープ・ポタージュ
カボチャやジャガイモのポタージュは、カロリー摂取に有効です。コンビニの冷製スープなら温める手間がなく、火傷のリスクも抑えられるため特におすすめです。
- 豆腐(冷や奴セットなど)
レトルトコーナーにあるものは手軽で栄養価も高いです。ただし、生姜やわさびなどの薬味は刺激になるため控えましょう。
- プレーンヨーグルト・プリン
口当たりが良く、デザート感覚でカロリーを補えます。果肉やナッツが入っていないプレーンなものを選んでください。
抜歯当日に避けるべき飲食物
以下のものは、再出血や痛みの悪化を招く恐れがあります 。
- 熱すぎるもの
血管を広げて血流を促し、一度止まった出血を再発させる原因になります。
- 辛い・酸っぱい刺激物
唐辛子、カレー、レモン、お酢などは傷口に直接しみるだけでなく、炎症を増長させます。
- 硬いもの・鋭利なもの
お煎餅、フランスパン、揚げ物の衣などは、その破片が傷口を傷つけたり、血餅を突き刺したりする危険があります。
- 細かい粒状のもの
ゴマ、イチゴの種、ふりかけなどは、抜歯後の穴に入り込みやすく、不潔な状態を作ったり感染の原因になったりすることがあります。
抜歯後2日目〜3日目:腫れと痛みのピーク時の対応

抜歯の難易度にもよりますが、術後2日目から3日目にかけて腫れや痛みが最も強く現れる傾向があります 。これは生体の正常な防御反応(炎症反応)ですが、食事が苦痛になる時期でもあります。
口が開かない(開口障害)時の食事法
強い腫れの影響で、指1本分程度しか口が開かなくなることがあります。この場合は無理に固形物を摂らず、高栄養な流動食に切り替えましょう。
- 高カロリー流動食
介護用や医療用の栄養補助飲料は、少量で必要なエネルギーを摂取できるため、口を動かすのが辛い時期に非常に有効です。
- 手作りスムージー
バナナやリンゴ、ホウレン草などをミキサーにかけ、コップから直接ゆっくりと飲みます。ストローは厳禁です。
- 冷製茶碗蒸し
具材を除いた卵液の部分であれば、タンパク質を効率よく、かつ粘膜を刺激せずに摂取できます。
回復をサポートする栄養素
組織の修復には、特定のビタミンやミネラルが不可欠です 。
- タンパク質
細胞の再生に最も重要な材料です(豆腐、卵、プロテインなど)。
- ビタミンA
皮膚や粘膜の健康を維持し、細菌感染への抵抗力を高めます(カボチャ、にんじんのペーストなど)。
- ビタミンC
コラーゲンの合成を助け、歯肉の再生を早める助けとなります。
- 亜鉛
細胞分裂を促進し、味覚の正常な維持や傷口の治癒に関わります。
抜歯後4日目〜1週間:普通食へのステップアップ

腫れが引き始め、痛みが和らいできたら、徐々に噛む動作を取り入れた食事に戻していきます。
安全に食事を戻すためのステップ
- 非抜歯側での咀嚼
食べ物は必ず、歯を抜いていない側(健側)で噛むようにします。
- 小さくカットする
どんな食べ物も、普段の半分以下のサイズにカットしてから口に運んでください。大きく口を開ける動作や、強い力での咀嚼を避けるためです。
- 柔らかい肉料理
煮込みハンバーグ、つくね、ひき肉のオムレツなど、お肉を食べる場合は「ひき肉」から段階を上げるのが理想的です。
- 茹で時間を長めにする
うどんやパスタなどの麺類は、通常よりも長く茹でて柔らかくし、短く切って食べると顎への負担が少なくなります。
通常、1週間ほどで「抜糸(糸取り)」が行われます。糸がなくなることでお口の中の違和感が軽減されますが、骨が完全に埋まるまでには数ヶ月を要します。抜歯部位の穴に食べかすが詰まりやすい状態はしばらく続くため、食後の優しいゆすぎ(うがい)を継続しましょう 。
禁忌事項:アルコールと喫煙の医学的リスク

食事と同じくらい重要なのが、嗜好品の制限です。これらは治癒を大幅に遅らせるだけでなく、重篤な術後トラブルを引き起こす直接的な要因となります 。
飲酒のリスク(抜歯後24時間〜数日間)
アルコールには血管拡張作用があり、全身の血圧を上昇させます。
- 再出血
傷口の血圧が上がることで、固まっていた血餅が剥がれ、深夜の大量出血などを招く恐れがあります。
- 拍動性の痛み
心臓の鼓動に合わせて「ドクドク」とした強い痛みが出やすくなります。
- 薬の副作用
抗生物質や鎮痛剤とアルコールを同時に摂取すると、薬の代謝が阻害され、内臓への負担や予期せぬ副作用が出る危険があります。
喫煙の深刻なリスク(抜歯後1週間〜)
タバコに含まれるニコチンは強力な血管収縮作用を持っています。
- 血流障害による治癒不全
傷口を治すために必要な栄養や酸素、白血球(免疫細胞)が届かなくなり、いつまでも傷が塞がらなくなります。
- ドライソケットの誘発
喫煙はドライソケットの最大の危険因子の一つです。血流不足によって健全な血餅が作られないため、骨が剥き出しのまま感染を起こし、激痛が長期間続くことになります。
食事に関するよくある質問(Q&A)

抜歯を経験される方から歯医者によく寄せられる質問に対し、医学的な観点から回答をまとめました。
Q1. いつから普通のお米を食べていいですか?
A1. 痛みが強くなければ翌日から可能ですが、工夫が必要です。当日はお粥が推奨されますが、翌日以降は普通のご飯も食べられます。ただし、お米の粒は抜歯窩(穴)に入り込みやすいため、抜いた側とは反対で噛み、食後は強くうがいせず、水を含んでそっと出す程度のケアを行いましょう。
Q2. コーヒーや紅茶はいつから飲めますか?
A2. 麻酔が切れた後であれば可能ですが、温度に注意してください。当日は熱いものは厳禁で、必ず「ぬるめ」か「アイス」で飲みます。また、カフェインは利尿作用があり体を冷やすことがあるため、水分補給は水や麦茶を中心に行うのが理想的です。
Q3. 抜歯の穴に食べかすが詰まりました。どうすればいいですか?
A3. 絶対に自分で無理に取ろうとしないでください。 爪楊枝やピンセット、指でつつくのは、組織を傷つけ感染させたり、血餅を剥がしてドライソケットにしたりするリスクが非常に高い行為です。食べかすは、新しい組織が盛り上がってくる過程で自然と押し出されます。どうしても気になる場合は、歯医者(歯科医院)で専用の器具を使って洗浄してもらいましょう。
Q4. ラーメンやそばを「すする」のはなぜダメなのですか?
A4. 「すする」動作は口の中に強い陰圧を生じさせるからです。この陰圧によって、抜歯窩に定着しようとしている血餅がスポッと吸い出されてしまうことがあります。抜歯後2〜3日は、麺類を短く切り、レンゲなどで直接口に運ぶ「吸い込まない食べ方」を徹底してください。
Q5. タンパク質補給にプロテインを飲んでも大丈夫ですか?
A5. 非常に良い選択です。抜歯後は食事が偏り、タンパク質不足になりがちです。タンパク質は組織修復の主材料ですので、プロテインで補うのは治癒に貢献します。ただし、粉っぽさが残ると傷口への刺激になるため、よく溶かして「吸わずに」飲みましょう。
Q6. お肉料理(焼肉、ステーキ)はいつから解禁ですか?
A6. 通常、抜糸が終わる1週間後以降、顎の腫れが引いてからにしましょう。厚みのある肉は強い咀嚼力が必要で、顎の筋肉や抜歯部位の骨に過度な負担をかけ、痛みが再燃する原因になります。
Q7. ガムやグミ、飴は食べてもいいですか?
A7. 抜糸までは控えましょう。ガムやグミは粘着性があり、万が一傷口に張り付くと剥がす際に大きなダメージを与えます。飴も、舐めている時の「吸う動作」が血餅に悪影響を与える可能性があるため、初期段階では推奨されません。
Q8. ダイエット中で栄養不足が心配です。サプリはOK?
A8. 基本的には問題ありません。マルチビタミン、ミネラル(亜鉛など)は回復を助けます。ただし、巨大な錠剤を無理に飲み込む際、喉を詰まらせたり顎に力が入りすぎたりしないよう、サイズには配慮が必要です。
Q9. 抜歯後に口臭が強くなった気がします。食事のせい?
A9. 食事の影響もありますが、血餅の分解過程や、穴に詰まった食べかすの腐敗が原因であることも多いです。不快な味がしたり臭いが強い場合、細菌感染の初期段階の可能性もあるため、歯科医院で洗浄を受けると安心です。
Q10. 仕事の付き合いでどうしても会食があります。どうすれば?
A10. 可能な限り「柔らかいメニュー」があるお店を選びましょう。和食ならお豆腐料理や茶碗蒸し、フレンチならテリーヌやポタージュなどが調整しやすいです。「親知らずの抜歯後で噛むのが難しい」と事前に周囲に伝え、歯医者から止められているとお酒を断る勇気を持ちましょう。
受診が必要な異常サイン

食事の工夫をしても、以下の症状が現れた場合は合併症の疑いがあるため、速やかに歯科医師に連絡してください。
- 1.痛みが徐々に強くなる
通常、3日ほどで痛みは和らぎます。4日目以降に痛みが激化する場合はドライソケットの疑いがあります。
- 2.止まらない大量の出血
ガーゼを30分噛んでも血が溢れてくる場合。
- 3.強い口臭や膿が出る
感染が疑われます。
- 4.高熱が出る
全身的な感染の懸念があります。
まとめ
親知らずの抜歯後、食生活が制限される数日間は少し不便を感じるかもしれません。しかし、この期間に適切な食事を選び安静に過ごすことは、スムーズな回復をサポートする大切なポイントです。
当日は無理をせず、柔らかく栄養価の高い流動食で体を労わりましょう。そして、大切な「血餅」を守りながら、徐々に通常の食事へとステップアップさせてください。ご自身での丁寧なセルフケアと、バランスの取れた栄養摂取が、お口の健康を守り、普段通りの生活に早く戻るための助けとなります。不安な点があれば、我慢せずに歯科医師や歯科衛生士に相談し、適切なアドバイスを受けるようにしましょう 。
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