「この歯はもう抜くしかないかもしれません」歯科医師からそう告げられ、大切な歯を諦めかけていませんか。しかし、深い虫歯でも神経を残し、歯の寿命を延ばせる可能性を秘めた「MTAセメント」という選択肢があります。
MTAセメントは封鎖性が高く、再感染を防ぐことができるメリットがある素材です。
この記事ではMTAセメントのメリットやデメリット、そして後悔しないための判断基準まで、わかりやすく解説します。ご自身の歯にとって最善の選択をするために、ぜひご一読ください。
この記事を監修した医師

医療法人あかり会歯科
脇田奈々子
Wakita-Nanako
大阪大学歯学部卒業後、同大学予防歯科学教室にて医員として勤務。
現在は大阪市内の歯科医院で、予防歯科からインプラント、矯正治療まで幅広く対応している。治療の先の心のケアにもつながる“医療としての美容歯科”として、ボツリヌス治療、ヒアルロン酸注入、リップアートメイクにも注力している。
「口元の健康と美を通じて、最後まで美味しく食べ、自信を持って笑える人生」をサポートすることを理念としている。
MTAセメントとは?

MTAセメント(Mineral Trioxide Aggregate)は、歯の神経(歯髄)を保護したり、傷ついた歯を修復したりするために開発された素材です。体とのなじみが高い特徴を持つ特殊なセメントで、歯髄や歯根周囲組織の修復・保護に用いられています。水と混ぜ合わせると硬化するのが特徴です。
メーカーにより細かい成分やその配合は異なりますが、主に以下の素材が配合されています。
- 石膏
- ケイ酸カルシウム
- 酸化ビスマス
- アルミン酸カルシウム
MTAセメントの詳細はこちらの記事でも詳しく解説しているので、あわせて参考にしてみてください。
MTAセメントのメリット

MTAセメントには、以下のようなメリットがあります。
- 高い封鎖性がある
- 強アルカリによる殺菌効果がある
- 歯の硬組織再生を促す再生誘導作用がある
高い封鎖性がある
MTAセメントの最大の特長は、細菌の侵入を許さない高い封鎖性です。
治療した歯が再び悪化する主な原因は、詰め物と歯の間にできたわずかな隙間です。この隙間から細菌が入り込む再感染が、歯の寿命を縮めてしまいます。MTAセメントは、この再感染のリスクを大幅に減らすことができるのです。
その理由は、MTAセメントが湿った環境でも水分と反応して確実に硬化し、さらに硬化時にわずかに膨らんで歯との隙間を密着させられる特性にあります。
実際に、MTAセメントの方が従来の充填剤と比較して、歯の根の先にできた病巣(根尖病巣)の治りが良い傾向を示したという研究もあります。(※1)
細菌の侵入を防げるため、結果的に歯の寿命を延ばせる可能性が高まるでしょう。
強アルカリ性による高い殺菌効果
MTAセメントは、ただ穴を物理的に埋めるだけでなく、優れた殺菌効果も持っています。これは、MTAセメントが硬化する過程でpH12と強いアルカリ性を示すためです。虫歯菌をはじめとする多くの細菌は、酸性の環境を好みますが、強いアルカリ性の環境では生きられません。
| 環境のpH | 特徴 |
| 酸性(pH<7) | 虫歯菌が活発に活動し、歯を溶かしやすい環境です。 |
| 中性(pH=7) | 健康なお口の中の平常時の環境です。 |
| アルカリ性(pH>7) | 細菌が生きにくくなり、活動が抑制される環境です |
| MTAセメント(pH 12) | ほとんどの細菌が死滅する、強い殺菌環境です。 |
根管治療では、ファイルと呼ばれる器具で根管内の細菌をできる限り取り除きます。しかし、歯の根の形は非常に複雑で、すべての細菌を完全に取り除くことは困難です。
そこでMTAセメントを使用すると、その強アルカリ性の力で、治療後に根管内に残ってしまった細菌の活動を抑えることができます。
歯の硬組織再生を促す再生誘導作用がある
MTAセメントのもう一つの優れた点は、歯の硬い組織の再生を助ける再生誘導作用です。これは、MTAセメントが体にとって異物として認識されにくい生体親和性に優れているために可能になります。私たちの体は、異物が入ってくると拒絶反応を示すことがありますが、MTAセメントに対してはその反応が起こりにくいのです。
この再生誘導作用は、歯の内部だけでなく、歯を支える周りの組織にも良い影響が期待できます。MTAセメントは、歯そのものと、歯を支える組織の両方の健康を守るうえで役立つ材料といえるでしょう。
MTAセメントの4つのデメリット

MTAセメントには先述したメリットだけでなく、以下のようなデメリットもあります。
- 歯や歯茎が黒く変色することがある
- 保険適用外で治療費が高額になる
- アレルギーリスクがある
- 再治療の可能性がある
歯や歯茎が黒く変色することがある
MTAセメントを用いた治療で、特に見た目を気にされる方が懸念されるのが歯の変色です。MTAセメントには、治療した部分がレントゲン写真ではっきりと写るように、「酸化ビスマス」という成分が含まれています。
この酸化ビスマスが原因で、治療した歯やその周りの歯茎が、時間とともに灰色や黒っぽく変色してしまうことがあります。必ず変色するわけではありませんが、リスクとして把握しておきましょう。
特に前歯など見た目が重要な部位や、歯肉が薄い部位では、変色が目立ちやすく注意が必要です。
最近では、この変色リスクを解決するために、酸化ビスマスを含まないジルコニウム酸化物などを使用した変色しにくい新しいタイプのMTAセメントも開発されています。見た目が特に気になる方は、変色しにくい代替材料があるか、事前に歯科医師へ相談してみましょう。
保険適用外で治療費が高額
MTAセメントを用いた治療は、ごく一部の症例(直接覆髄法)を除き、ほとんどが保険適用外の自由診療です。そのため、保険が使える一般的な治療と比べて、費用が高額になる点が大きなデメリットといえるでしょう
MTAセメントを用いた精密根管治療(マイクロスコープ使用料を含む)の費用は、1歯あたり50,000円〜100,000円程度が目安です。費用は治療の難易度や症例により変動します。
保険適用の根管治療で使われる材料が数千円で済むのに比べ、費用負担は格段に大きくなります。この費用の背景には、MTAセメント自体の材料費が高いことに加え、手技自体が行為難易度な点があげられます。事前に総額でどのくらいの費用がかかるのか、歯科医院にしっかりと確認しましょう。
アレルギーリスクがある
MTAセメントに含まれる酸化ビスマスは、変色の原因になるだけでなく、ごくまれなリスクとして全身への影響も考慮する必要があります。近年の研究では、MTAセメントから溶け出したビスマスが、体内組織に影響を及ぼす可能性が報告されています。(※2)
また、ビスマスは金属の一種であるため、金属アレルギーをお持ちの方は注意が必要です。頻度は非常に低いとされていますが、アレルギー反応を起こす可能性はゼロではありません。
再治療の可能性もある
MTAセメントは有効な治療法ですが、残念ながら万能薬ではありません。治療の成功率は100%ではなく、再び細菌に感染したり痛みが再発したりして、再治療が必要になる可能性が残ります。
MTAセメント治療の成功は、虫歯や感染の進行度、患者さんの治癒力、そして精密な操作が求められる歯科医師の技術に左右されます。
また治療法によって成功率は異なりますが、MTAセメントの成功率は80%程度とされています。
万が一治療がうまくいかなかった場合、MTAセメントは硬く固まるため、除去して再治療を行うのが難しいという技術的な課題もあります。このため、初回治療をどれだけ精密に行えるかが歯の運命を左右します。再治療は難しくリスクも伴うため、信頼できる歯科医を選び、慎重に判断することが重要です。
まとめ
MTAセメントは、高い封鎖性や歯の再生を促す作用により、従来は抜歯も考えられた歯を救う大きな可能性を秘めた治療法です。
しかし、自由診療で費用が高額になることや、歯の変色、成功率が100%ではないといった注意点も理解しておく必要があります。大切なのは、ご自身の歯の状態や年齢、費用面、そして他の治療法とも比較検討することです。
この記事で得た知識を元に、まずは信頼できる歯科医師とじっくり相談してみてください。あなたにとって最良の治療法を見つけましょう。
参考文献
- Alsulaimani RS.Single-visit endodontic treatment of mature teeth with chronic apical abscesses using mineral trioxide aggregate cement: a randomized clinical trial.BMC Oral Health,2016,16,1,p.78.
- Pelepenko LE,Bismuth release from endodontic materials: Proposed mechanisms for systemic circulation and organ accumulation.J Hazard Mater,2025,494,p.138580.
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