「舌の上が白くなっている」「口の中がヒリヒリして痛む」といった違和感。それは、お口の中でカビの一種が異常増殖する「口腔カンジダ症」かもしれません。
かつては体力の衰えた高齢者に特有の病気と考えられてきましたが、現代では過度なストレス、薬剤の副作用、生活習慣の乱れなどにより、若年層から現役世代まで幅広く見られるようになっています。
本記事では、厚生労働省や日本歯科医師会、日本口腔外科学会などの信頼できる情報に基づき、口腔カンジダ症の正体から最新の治療・予防法までを詳しく解説します。
目次
1. 口腔カンジダ症とは何か?:その正体と発症メカニズム

カンジダ菌は「常在菌」の一つ
口腔カンジダ症の直接的な原因となるのは、真菌(カビ)の一種である「カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)」を主とするカンジダ属の菌です。
驚かれるかもしれませんが、カンジダ菌は健康な人の約半数の口内に存在する「常在菌」です。通常は、お口の中の他の細菌(善玉菌など)とバランスを取り合いながら共生しているため、健康な状態であれば症状を引き起こすことはありません。
なぜ病気になるのか:日和見感染の仕組み
口腔カンジダ症は、典型的な「日和見(ひよりみ)感染」です。日和見感染とは、普段は悪さをしない菌が、宿主(人間)の免疫力が低下した隙を狙って異常増殖し、病原性を発揮することを指します。
お口の中は、唾液の自浄作用や抗菌作用によって常に清浄に保たれていますが、このバリア機能が何らかの理由で崩れた時に、カンジダ菌が粘膜の表面に付着・侵入し、炎症を引き起こします。
2. 症状による4つの分類:自分の状態を把握する

口腔カンジダ症は、その臨床像(見た目や経過)によって大きく4つのタイプに分類されます。日本口腔外科学会の指針に基づき、それぞれの特徴を詳しく解説します。
① 急性偽膜性(ぎまくせい)カンジダ症
最も多く見られるタイプです。
- 症状:頬の粘膜、舌、上顎などに白い苔(こけ)のような斑点が現れます。
- 特徴:この白い斑点は「偽膜」と呼ばれ、ガーゼなどで軽くこすると剥がれ落ちるのが特徴です。剥がした後の粘膜は赤く腫れていたり、場合によっては点状の出血が見られたりすることもあります。
- 違和感:初期は無症状のことも多いですが、範囲が広がるとお口の中が粘つく感じや、食べ物の味がわかりにくいといった違和感が生じます。
② 急性萎縮性(いしゅくせい)カンジダ症
「紅斑性(こうはんせい)カンジダ症」とも呼ばれます。
- 症状:粘膜から白い苔が消失し、全体的に赤く腫れ上がります。
- 特徴:見た目以上に激しい痛み(灼熱感)を伴うのが特徴です。特に塩味や酸味のある刺激物が強くしみるようになり、食事が困難になるケースも少なくありません。
- 原因との関連:抗生物質の長期服用によってお口の菌バランスが崩れた際によく見られるタイプです。
③ 慢性肥厚性(ひこうせい)カンジダ症
- 症状:白い偽膜が厚くなり、粘膜の表面が硬く盛り上がった状態です。
- 特徴:急性偽膜性と異なり、こすっても簡単に剥がれ落ちないのが特徴です。
- 注意点:この状態が長く続くと、粘膜の組織が変性し、後述する「白板症(はくばんしょう)」などとの鑑別が重要になります。
④ 慢性萎縮性カンジダ症(義歯性口内炎)
- 症状:主に入れ歯(義歯)を装着している部分の粘膜が赤く腫れます。
- 特徴:自覚症状が少ないこともありますが、ヒリヒリとした痛みや乾燥感を伴うことがあります。入れ歯の清掃不良や、夜間も装着し続ける習慣が主な要因です。
3. なぜ増える?口腔カンジダ症を招く多様な原因

口腔カンジダ症の発症には、「全身的な要因」と「お口の中(局所的)の要因」が複雑に絡み合っています。
【全身的な要因】
1. 免疫力の低下
高齢者や乳幼児はもともと抵抗力が弱いため発症しやすいですが、成人の場合でも以下の要因でリスクが高まります。
- 過度のストレス・過労
自律神経の乱れは免疫機能を低下させます。 - 栄養不足
特にビタミンB12、葉酸、鉄分の欠乏は粘膜の抵抗力を下げることが知られています。
2. 基礎疾患
- 糖尿病
血糖値が高い状態が続くと、唾液中の糖分濃度も上昇します。カンジダ菌は糖を栄養源とするため、増殖しやすくなります。また、糖尿病患者は白血球の機能が低下しており、感染症全般に弱くなります。 - HIV感染症・がん
免疫システムそのものが攻撃されたり、抗がん剤治療によって免疫が抑制されたりすることで、重症化しやすい傾向があります。 - Sjögren(シェーグレン)症候群
唾液腺が攻撃され、極度のドライマウスを引き起こす疾患です。
3. 薬剤の副作用(菌交代現象)
- 抗菌薬(抗生物質)
風邪や怪我の治療で長く服用すると、カンジダ菌と競合していた他の細菌が死滅し、薬の効かないカンジダ菌だけが爆発的に増えます。これを「菌交代現象」と呼びます。 - ステロイド薬・免疫抑制剤
喘息治療のための吸入ステロイドを使用している場合、吸入後にうがいを怠ると、喉の粘膜で局所的に免疫が下がり、発症の原因となります。
【局所的な要因】
1. ドライマウス(口腔乾燥症)
唾液には、菌を洗い流す「自浄作用」や、リゾチームなどの「抗菌物質」が含まれています。加齢、ストレス、あるいは降圧薬や抗うつ薬などの副作用で唾液が減ると、お口の中はカンジダ菌にとって格好の繁殖場となります。
2. 不適切な口腔ケア
- 入れ歯の汚れ
入れ歯の裏側には目に見えない傷が多く、そこにカンジダ菌が入り込みます。毎日洗浄剤で除菌しないと、菌の温床となります。 - マウスピース・矯正装置
近年増えているマウスピース矯正も、洗浄を怠れば同様のリスクがあります。
4. 放置は禁物:間違われやすい他の疾患と癌化のリスク

口腔カンジダ症と見た目が似ている病気は多く、専門家による鑑別が不可欠です。
- 白板症(はくばんしょう)
粘膜が白くなる疾患で、こすっても取れません。これは「前がん病変(がんになる一歩手前の状態)」とされており、放置すると口腔がんへ移行するリスクがあるため、非常に注意が必要です。 - 口腔扁平苔癬(へんぺいたいせん)
白い網目状の模様が現れる炎症性の病気です。痛みを伴うことが多く、カンジダ症と合併して起こることもあります。 - アフタ性口内炎
一般的な口内炎ですが、多発するとカンジダ症の初期症状と見間違えることがあります。
もし白い苔状のものが1週間以上消えない、あるいは痛みが強まっている場合は、自己判断せず、必ず歯科医院や口腔外科を受診してください。
5. 歯科医院で行われる診断と検査プロセス

正確な治療を行うために、歯科医院では以下のようなプロセスで診断を行います。
- 1.視診・問診:見た目の状態、痛みが出始めた時期、現在服用中の薬、持病などを詳しく確認します。
- 2.塗抹(とまつ)検査:白い偽膜や粘膜の表面を綿棒やヘラで軽くこすって採取し、顕微鏡で観察します。カンジダ菌特有の「菌糸(糸のような形)」が見られれば陽性と判定されます。
- 3.培養検査:採取した検体を専用の培地で数日間育てます。これにより、菌の種類や量、どの薬が効きやすいか(薬剤感受性)を詳しく調べることができます。
- 4.血液検査:難治性や再発を繰り返す場合、背景に糖尿病などの全身疾患が隠れていないかを確認するために行われることがあります。
6. 口腔カンジダ症の治療法:薬と環境改善の両輪

治療のゴールは、異常増殖した菌数を正常な範囲に戻し、粘膜の炎症を鎮めることです。
① 抗真菌薬(こうしんきんやく)の使用
カンジダ菌を直接殺菌・抑制するための薬剤が処方されます。
- うがい薬(シロップ剤)
「アムホテリシンB(商品名:ファンギゾンなど)」や「ナイスタチン」がよく使われます。お口に含んで数分間、患部に行き渡らせるようにうがいをし、その後に飲み込む、あるいは吐き出します。 - トローチ・錠剤
「ミコナゾール(商品名:フロリードパップなど)」といった、お口の中でゆっくり溶かして使うタイプがあります。 - 軟膏:
口角炎などを併発している場合、患部に直接塗布します。
【重要:飲み合わせの注意】
一部の抗真菌薬(アゾール系薬剤)は、ワルファリン(血液をサラサラにする薬)や一部の降圧薬など、他のお薬との飲み合わせに注意が必要です。受診の際は必ずお薬手帳を提示しましょう。
② 口腔環境の徹底した清掃
薬で菌を減らすのと同時に、菌の「住処(バイオフィルム)」を取り除くことが再発防止には欠かせません。
- プロフェッショナル・ケア
歯科医院で、自分では落としきれない歯石やプラークを除去します。 - 義歯の再清掃指導
入れ歯を使用している場合、専用の義歯洗浄剤(抗真菌成分配合のものなど)の使用方法を確認します。
7. 毎日の生活でできる予防とセルフケアのポイント

口腔カンジダ症は、一度治っても環境が変われば再発しやすい病気です。日々の習慣で菌の増殖を抑えましょう。
1. 正しい口腔清掃(セルフケア)
- 歯磨き:毎食後のブラッシングで、菌の餌となる食べかすを除去します。
- 舌のケア:舌ブラシを使って、舌の表面をやさしく掃除します。ただし、強くこすりすぎると粘膜を傷つけ、逆効果になるため注意が必要です。
2. 義歯・矯正装置の清潔保持
- 乾燥を避ける:外した入れ歯は水や洗浄液に浸して保管します。
- 専用洗浄剤の使用:水洗いだけでは菌は落ちません。毎日、除菌効果のある洗浄剤を使用しましょう。
3. ドライマウス対策
- こまめな水分補給:お口の中が乾かないよう、少量の水を頻繁に飲む習慣をつけましょう。
- 唾液腺マッサージ:耳の下や顎の下をやさしくマッサージし、唾液の分泌を促します。
- 保湿ジェルの活用:市販の口腔用保湿剤も有効です。
4. 免疫力を高める生活習慣
- 質の高い睡眠:体の修復と免疫維持に睡眠は不可欠です。
- 栄養バランス:粘膜の健康を保つビタミンA、B2、B6、C、鉄分、亜鉛などを意識して摂取しましょう。
- 禁煙:喫煙はお口の血流を悪くし、局部免疫を低下させる大きな要因です。
8. 結論:少しでも違和感があれば歯科医院へ
口腔カンジダ症は、早期に適切な治療を始めれば、決して怖い病気ではありません。しかし、放置して重症化すると、食道まで感染が広がったり(食道カンジダ症)、味覚障害を引き起こしたりして、全身の健康を損なう恐れもあります。
また、前述の通り「白板症」などの深刻な病気と見分けがつきにくいのも、この病気の厄介な点です。
「ただの口内炎かな?」「汚れかな?」と思わず、お口の粘膜に異常を感じたら、まずは歯科医院を受診してください。プロによる診断とケアを受けることが、お口と全身の健康を守る第一歩となります。
出典・参考元
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