【医師監修】差し歯が取れたらどうする?応急処置と再装着までの流れを詳しく解説

食事や会話中に突然差し歯が取れると、驚き焦ってしまいますよね。すぐに歯医者に行けないからと、市販の接着剤で応急処置を考えていませんか?

その自己判断は、歯の寿命を縮めてしまいます。間違った対応は歯にダメージを与え、再利用できたはずの差し歯が使えなくなり、治療がより難しくなる可能性があります。

この記事では、差し歯が取れたときの正しい応急処置から再装着、再発を防ぐための治療法、応急処置・NG行動・費用の目安、後悔しないための歯科医院の選び方まで解説します。知識をつけることで大切な歯を守り、安心して治療に臨みましょう。

この記事を監修した医師

谷川 淳一
Tanigawa Junichi

歯科医師。日本口腔インプラント学会専修医。小児歯科治療や小児矯正、インプラント治療を得意とし、他の歯科医師への指導も行う。
患者様一人ひとりと真摯に向き合って治療方針を決めていくことを信条としている。


差し歯が取れたときの応急処置や注意点

差し歯が取れてもまずは落ち着いて、これからお伝えする4つのポイントを確認しましょう。

①取れた差し歯の正しい保管方法

②市販の接着剤でつけ直すのは危険

③痛み・違和感があるときの対処法

④差し歯を飲み込んだ場合の対応

⑤そのまま放置するのはNG!歯が動いてしまうリスク

①取れた差し歯の正しい保管方法

取れた差し歯は、捨てないでください。差し歯の状態が良ければ、再装着できる可能性があります。適切な方法で保管し、歯科医院へ持参することが重要です。

やってはいけない保管方法は、ティッシュペーパーで包んだり、ポケットなどに直接入れたりする方法です。ティッシュペーパーを使うと乾燥して差し歯が変形したり、もろくなったりする原因になります。ポケットに直接入れると強い力がかかり差し歯が欠けることがあります。

正しい保管方法は乾燥を防ぎ、衝撃から守ることがポイントです。

おすすめの保管方法は、小さなタッパーやピルケースなど、硬さのある清潔な容器での保管です。衝撃から差し歯を守り、紛失も防げます。

容器に入れる際には、牛乳や生理食塩水に浸すと乾燥による変形を防げる可能性が高まります。牛乳は歯の成分と性質が近いことで、生理食塩水は人の体液に近い濃度であることで歯に負担をかけにくいとされています。

上記のどちらも用意できない場合は、取れた差し歯を水道水で軽く洗い、湿らせたガーゼで優しく包んでから容器に入れましょう。歯科医院を受診する際は、予約時に差し歯が取れて保管してあることを伝えると、当日の診療がスムーズに進みます。

②市販の接着剤でつけ直すのは危険

差し歯が取れた後、市販の瞬間接着剤などでつけ直すことは、やめたほうが良いです。歯にダメージを与え、治療がより複雑かつ高額になる可能性があります。

市販の接着剤が良くない理由を表にまとめました。

理由詳細
歯や歯ぐきにダメージを与える・市販の接着剤に含まれる成分は口での使用を想定していない
・化学的なやけどや炎症を引き起こす恐れがある
かみ合わせがズレる・自身で差し歯を元の位置に戻すことは困難
・わずかなズレでも他の歯や顎関節に負担をかけてしまう
再治療が困難になる・接着剤が歯の内部や差し歯の表面につくと除去が困難
・差し歯を作り直す必要性が出てくる
虫歯や歯周病のリスクが高まる・不適切な接着で目に見えないすき間が出来る
・すき間に細菌が侵入し虫歯や歯周病が悪化する

差し歯と土台の歯が隙間なく合致していることが、長期的な安定に欠かせません。

③痛み・違和感があるときの対処法

差し歯が取れた部分は、歯の内部にある象牙質(ぞうげしつ)と呼ばれる組織が露出しています。象牙質は神経に近いため、刺激が伝わりやすく、痛みや違和感が生じることがあります。一旦以下に示す表の方法で対処し、できるだけ早く歯科医院を受診してください。

症状・状況ご家庭でできる応急処置
食事のとき・取れた歯の部分では噛まないようにする
・おかゆやスープなど柔らかい食事を選ぶ
しみたり痛んだりするとき・冷たいもの、熱いものなど刺激の強い飲食物を避ける
・我慢できない痛みには市販の鎮痛薬を服用する
歯磨きのとき・痛みや違和感がなければ柔らかめの歯ブラシで土台の周りを優しく磨く
・汚れが残ると痛みが悪化する場合があるため清潔を保つ

注意点として、差し歯が取れた部分を指や舌で触らないようにしてください。刺激になったり細菌が付着したりする原因になります。

また、痛み止めは一時的な処置で、原因を解決したわけではないため、痛みがある場合は早めに歯科を受診してください。

④差し歯を飲み込んだ場合の対応

取れた差し歯が見当たらず、誤って飲み込んだ可能性がある場合でも、慌てずに自身の体調を確認してください。多くの場合、差し歯は害を及ぼさず、数日以内に便と一緒に排出されます。

念の為、呼吸の状態は確認しておきましょう。むせる、激しく咳き込む、呼吸が苦しいなどの症状があれば、気管に入った可能性があるので救急外来を受診する必要があります。他には腹部に強い痛みを感じたり、嘔吐したりした場合は消化器内科を受診しましょう。

呼吸に異常がなく体調が落ち着いていれば、かかりつけの歯科医に連絡して差し歯を飲み込んだことを伝えてください。

飲み込んでしまった差し歯は、衛生的な問題から再利用はできません。歯科医院では、土台の歯の状態を確認したうえで、新しい差し歯を作り直す治療計画を立てることになります。

⑤そのまま放置するのはNG!歯が動いてしまうリスク

取れた差し歯をそのままにしておくのは、さらなるトラブルに発展する可能性があるのでNGです。

まずあげられるのが、虫歯や歯周病のリスクが高まる点です。元々あった歯の根本まで虫歯が進行しやすくなり、汚れも溜まりやすく歯周病菌が繁殖しやすくなります。そのまま放置し続けると、最悪の場合抜歯にいたるケースもあります。

また、取れた差し歯を放置していると、隣にある健康な歯にもダメージが及ぶので注意が必要です。すり減ったり傷んだりするほか、ぐらついて動いてしまうこともあります。

こうしたリスクがあるので、放置せずにホコリや乾燥から守るために適切に保管して、歯科医院を受診しましょう。

差し歯治療の流れ

治療の流れは、取れた差し歯が再び使えるか、新しく作り直す必要があるかで変わります。治療を計画するうえでのポイントは以下のとおりです。

①再装着できるかの判断基準

②再装着できない場合の再治療(根管治療・土台の再制作)

③ブリッジ・インプラントとの比較

④治療にかかる期間と通院期間の目安

①再装着できるかの判断基準

取れた差し歯を元に戻せるかは、差し歯本体と土台となる自身の歯の状態で決まります。歯科医院では、以下の点を確認して再装着が可能かを判断します。無理に戻そうとすると、後でトラブルにつながる可能性があるためです。

再装着できる可能性が高いケースは以下のとおりです。

  • 差し歯の状態が良好:差し歯にひび割れや欠けが見られない
  • 土台の歯が健康:差し歯を支える歯の根(歯根)にヒビや虫歯がない
  • 土台がしっかりしている:歯根に立てられた土台が破損していない
  • 外れた原因が接着剤の劣化

再装着が難しく作り直しになるケースは以下のとおりです。

  • 差し歯が破損している:差し歯が割れたり大きく欠けたりしている
  • 土台の歯が虫歯になっている:土台が虫歯でもろくなっている
  • 歯の根が割れている(歯根破折:しこんはせつ):歯の根にヒビがあると細菌感染の温床になる
  • 歯周病が進行している:土台の歯自体がグラグラしている

②再装着できない場合の再治療(根管治療・土台の再製作)

差し歯の再装着が難しいと判断された場合、歯の状態に合わせて再治療を行います。土台の歯が虫歯になっていたり、根の中に感染が起きていたりする場合には、根本的な原因を治療する必要があります。

治療の流れは次のとおりです。

1.虫歯の除去と根管治療

2.新しい土台の再制作

3.新しい差し歯の作成

最初に土台の歯に残っている虫歯を取り除きます。虫歯が神経まで達していたり、根の先に膿が溜まっていたりする場合は、根管治療を行います。歯の根の中をきれいに洗浄・消毒する治療で、差し歯を長持ちさせるための重要な基礎治療です。

歯の大部分が失われている場合、差し歯を安定して支えきれません。そのため、歯の強度を補う土台を新たに作製し、歯の根に立てます。

土台が完成したら精密な型取りを行い、患者さんのかみ合わせや隣の歯の色に合わせた新しい差し歯を作製します。完成するまでは、見た目や食事に困らないよう仮歯を装着します。

③ブリッジ・インプラントとの比較

歯の根が割れている、あるいは虫歯がひどく歯を残せない場合は、抜歯も考えられます。その際は、失った歯を補う治療法としてブリッジとインプラントがあります。それぞれの特徴を表にまとめましたので、ご自身の希望に合った方法を考えて選びましょう。

治療法概要メリットデメリット
差し歯(再制作)自身の歯根が残っている場合の手段・自身の歯根を活かせる
・他の歯に負担をかけない
歯根の状態が悪いと選択できない
ブリッジ・両隣の歯を削って土台を作る
・橋のように連結した被せ物を使用
・比較的治療期間が短い
・保険適用になるケースがある
・外科手術が不要
・健康な両隣の歯を削る必要がある
・土台の歯に負担がかかる
・清掃しにくく虫歯などのリスクがある
インプラント・顎の骨に人口の歯根(インプラント体)を埋めこむ
・インプラント体に人工歯を装着
・健康な両隣の歯を削らない
・自身の歯のようにしっかり噛める
・外科手術が必要・治療期間が長い・保険適用外

どの治療法を選んでも、長期的に安定させるためには定期的なメンテナンスが必要です。

④治療にかかる期間と通院回数の目安

差し歯が取れた後の治療期間や通院回数は、口の中の状態により異なります。一般的な目安として以下を参考にしてください。

【取れた差し歯を再装着できる場合】

  • 治療期間:約1週間(差し歯と土台の歯に問題がなければ、歯の内部を清掃・消毒し、接着剤でつけ直す)
  • 通院回数:1~2回程度

【土台から作り直す場合(根管治療なし】

  • 通院回数:3~5回程度
  • 治療期間:約1か月半(虫歯の除去、新しい土台の作製、型取り、仮歯の装着、新しい差し歯の装着と複数の工程が必要)

【根管治療が必要な場合】

  • 通院回数:5回以上
  • 治療期間:約2か月以上(歯の根の状態が複雑な場合、根管治療だけで数回の通院が必要)

差し歯治療の保険適用と自費診療の違い(素材・費用・耐久性)

取れた差し歯を作り直すことになった際、直面するのが保険診療と自費診療の選択肢です。単に治療費が違うだけではなく、使用できる素材、作製方法、その結果として得られる見た目の美しさ、耐久性、将来の再治療リスクまで、あらゆる面に違いが生まれます。

ここでは素材・費用・耐久性の3つの側面から保険診療と自費診療の違いを説明していきます。

①保険診療で使われる素材と特徴

②自費診療で選ばれる精密補綴の特徴(セラミックなど)

③保険と自費の耐久性・見た目・費用の比較表

①保険診療で使われる素材と特徴

保険診療は、健康保険が適用されるため、費用を抑えられることがメリットです。ただし、国が定めたルール内での治療のため、使用できる素材や治療方法には制約があります。

主な素材を以下にあげています

  • 硬質レジン前装冠(こうしつれじんぜんそうかん)
  • CAD/CAM冠(きゃどきゃむかん)
  • PEEK冠(ぴーくかん)
  • 金属冠(銀歯)

硬質レジン前装冠は、主に前歯に使われます。内側は金属で、外から見える部分のみレジンという白いプラスチックを貼り付けた構造です。

CAD/CAM冠は、前から1〜5番目の歯と、条件を満たせば前から6〜8番目の大臼歯にも使われます。セラミックとレジンを混合したハイブリッドセラミックのブロックを、機械で削り出して作製します。

PEEK冠は、前から6〜8番目の大臼歯に使われます。ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)という高機能樹脂のブロックを、機械で削り出して作製します。

金属冠(銀歯)は、奥歯など強い力がかかる部分に使われる金属製の差し歯です。

レジンは食事に含まれる色素を少しずつ吸収するので、数年経つと変色してしまいます。加えてセラミックに比べて柔らかいため、噛み合う歯との摩擦ですり減りやすい傾向があります。金属は丈夫ですが、成分が溶けだし金属アレルギーを引き起こす可能性があります。

保険診療で使用する接着剤や素材は、自費診療の素材と比較すると歯との適合性においては劣る面があります。差し歯と土台の間にできるわずかなすき間から虫歯につながる場合が出てきます。

②自費診療で選ばれる精密補綴の特徴(セラミックなど)

自費診療は、素材や治療法に制限がありません。見た目の美しさ、機能性、耐久性、体への優しさ(生体親和性)を追求できます。これを精密補綴(せいみつほてつ)と呼びます。主な素材は以下の2つです。

  • オールセラミック:すべてセラミックで天然の歯に限りなく近い
  • ジルコニアセラミック:とても硬いジルコニア(人工ダイアモンド)を使用

上記素材を使用するメリットを表にまとめました。

特徴メリット
永続的な美しさ・セラミックは陶材なので水分や色素を吸収しない
・変色せず治療直後の白さを維持できる
・表面が滑らかでプラークが付きにくい
耐久性金属を使った差し歯と同じ耐久性を持つ
体に優しい・金属を使用しないため金属アレルギーの心配がない
・歯ぐきが黒ずむリスクがない
二次虫歯リスクの低減精密な型取りと強力なセメントを使用するため差し歯と土台の間にすき間がほぼできない

③保険と自費の耐久性・見た目・費用の比較表

保険診療と自費診療の選択か迷うときは、以下の表でそれぞれの特徴を比較してみてください。

比較項目保険診療自費診療
素材硬質レジン、金属、CAD/CAM冠、PEEK冠オールセラミック、ジルコニアセラミックなど
見た目・時間とともに変色しやすい
・裏側は金属
・天然歯のような白さ
・変色しない
耐久性(目安)・約5〜7年
・表面がすり減りやすい
・10年程度
・硬く丈夫
・汚れがつきにくい
二次虫歯リスクすき間ができやすくリスクがやや高い精密に作成するためリスクが低い
体への影響金属アレルギーのリスクがある金属アレルギーの心配がない
適用部位前歯、小臼歯、奥歯制限なし
費用相場約5,000〜20,000円(3割負担の場合)約80,000〜200,000円

※上記は治療費の目安です。初診料・検査料などが別途かかる場合があります

実際の費用は歯科医院や使用する素材によって異なります。

初期費用は自費診療だと高額に感じられるでしょう。ただし、耐久性が高く二次虫歯による再治療のリスクが低いことを考慮すると、生涯かかる医療費や通院の時間的な負担を、長期的に見て軽減できるとも考えられます。

差し歯が取れる原因

ここでは、差し歯が取れてしまう3つの原因を解説します。

①接着剤の劣化や土台の虫歯

②噛み合わせの負担や歯ぎしり

③歯根のヒビや二次感染

①接着剤の劣化や土台の虫歯

差し歯は、歯科用の強力なセメント(接着剤)を使い、自身の歯に固定されていますが、接着力を永久には維持できません。

口内は、常に唾液で湿っていて、食事のたびにさまざまな刺激をうける環境です。そのため、セメントは少しずつ溶け出したり、成分が劣化したりして接着力が弱まっていきます。一般的に、装着して5〜10年以上が経過した差し歯は、経年劣化により取れやすくなる傾向があります。

差し歯の中で進行する虫歯も原因になります。差し歯と歯ぐきの境目は、精密に作製しても、目に見えない隙間ができることがあります。わずかな隙間から虫歯菌が侵入し、被せ物の下で土台となる自身の歯を溶かしてしまいます。これを二次カリエス(二次う蝕)と呼びます。

被せ物の内部で進行するため、見た目で気づくことはできず、痛みなどの自覚症状も出にくい点が特徴です。自身が気づいたときには土台の歯が脆くなり、差し歯を支えきれなくなって突然ぽろっと取れてしまいます。

②噛み合わせの負担や歯ぎしり

噛む行為も、差し歯が取れる原因となり得ます。夜間の歯ぎしりや日中の無意識な食いしばりの癖がある方は、注意が必要です。

歯ぎしり中は、歯に自身の体重以上の強い力がかかるといわれています。過剰な力が毎日差し歯にかかり続けると、接着剤の劣化を早めるだけでなく、土台の歯にもダメージを与え、差し歯の寿命を縮めてしまいます。

噛み合わせのバランスも、常に一定ではないので、他の歯が治療で形を変えたり、加齢ですり減ったりすると、以前は問題がなかった差し歯にだけ、過剰な力が集中するケースもあります。

装着時には問題なかった噛み合わせも、口全体の変化により徐々にズレが生じ、差し歯が取れるリスクを高めることにつながります。

以下の項目に心当たりがあれば歯科医院で作成するマウスピースの使用を検討してみてください。

  • 起床時、顎の関節や筋肉に疲れや痛みを感じる
  • 日中、仕事などに集中していると無意識に歯と歯が接触している、または歯を食いしばっている
  • 家族やパートナーに夜中の歯ぎしりを指摘されたことがある

③歯根のヒビや二次感染

差し歯が取れた後の治療が難しくなるのが歯根のヒビや二次感染です。歯根に、ヒビが入る状態を歯根破折(しこんはせつ)と呼びます。

歯の補強に硬い金属の心棒(メタルコア)を土台に使用している場合に起こることが多いです。金属の土台は、噛んだ時の力を分散できず、一点に集中して自身の歯根を内側から割ってしまう場合があります。

歯根にヒビが入ると、亀裂から細菌が歯の内部へ侵入し、感染します。感染が歯根の先にまで広がると、歯ぐきが腫れたり、膿が出たり、噛んだ時に強い痛みを感じたりするようになります。

多くの場合、細菌感染した歯を残すことはできず、抜歯のみの選択肢となります。歯根のヒビは小さいため、レントゲン写真だけでは診断が難しいこともあります。放置すると周囲の顎の骨まで溶かす可能性もあるため、精密な検査が必要です。

再発を防ぐ差し歯治療のポイント

ここでは、差し歯の寿命を左右する再発防止のための4つポイントを、解説します。

①原因を見極めてから治療方針を立てる

②根の中まで確認できるマイクロスコープ治療を選ぶ

③土台や接着の精度を高める

④噛み合わせ・歯ぎしりも含めて総合的に見直す

①原因を見極めてから治療方針を立てる

差し歯治療は、最初の診断が大事で原因がわからないまま治療を進めても、同じトラブルを繰り返す可能性が高くなります。さまざまな検査を通じて原因を正確に診断し、最適な治療計画を立てることが大切です。

接着剤の劣化、土台の歯の虫歯(二次カリエス)、歯根破折、噛み合わせや歯ぎしりなどの原因を見極めずに再装着だけを行うと、隠れていた虫歯が進行して神経を取る必要や、歯を残せなくなり抜歯に至るケースもあります。

最初にしっかりと原因を探ることが、自身の歯を守るための最善策となります。

②根の中まで確認できるマイクロスコープ治療を選ぶ

土台となる歯根の治療(根管治療)をやり直す場合、治療の精度がその後の差し歯の寿命を左右します。歯根の中は、髪の毛ほどの細さで複雑に枝分かれしているため、肉眼だけでは治療は難しいです。

そこで登場するのが、マイクロスコープ(歯科用顕微鏡)です。マイクロスコープを使うと、歯の内部を拡大し、明るい光で照らしながら治療を進めることができます。

マイクロスコープ治療は以下の3つのメリットがあります。

  • 感染源の取り残しを防ぎ、虫歯の再発リスクを下げるため、健康な歯を可能な限り残せる
  • 治療の成功率が飛躍的に向上する

差し歯の再治療のような難しいケースでは、マイクロスコープを用いた精密治療が、治療の精度を高めてくれます。

③土台や接着の精度を高める

優れた差し歯を作製しても、支える土台と、接着の精度が低いと長持ちさせることはできません。歯と差し歯を一体化させる土台は、噛む力を歯の根に伝え、差し歯を安定させるための重要なパーツです。

従来の金属の土台は硬すぎるため、噛む力が集中すると、歯根を割るリスクがありましたが、グラスファイバー製の土台(ファイバーコア)は、歯に近いしなやかさを持っています。

力が加わった際に適度にしなり力を分散させ、歯根が割れるリスクを軽減する効果が期待できます。歯根の形にぴったりと適合した土台を作製することで、力が均等に分散され、安定性も向上します。

接着剤の性能を引き出すには、適切な環境と手順が大切です。接着操作中に唾液が歯の表面にわずかでも付着すると、接着力が大きく低下します。ラバーダムと呼ぶゴムのシートで治療する歯を隔離し、唾液や呼気に含まれる湿気から守ることで、接着の精度と耐久性を高めることができます。

差し歯を安定させるためには、差し歯と土台の歯の間の辺縁不適合(へんえんふてきごう)と呼ばれる隙間をいかに少なくするかが重要とされています。

④噛み合わせ・歯ぎしりも含めて総合的に見直す

差し歯だけを見て治療は終わりません。口全体のバランスを考えることが、再発防止に欠かせません。なかでも噛み合わせは、差し歯の寿命に直接影響を与える要素です。

噛み合わせは、常に一定ではなく他の歯の治療や加齢によるすり減りなど、様々な要因で少しずつ変化しています。インプラントの研究では、装着後6か月で噛む力や接触状態が変化することが報告されており、差し歯にも当てはまります。(※1)

就寝中の歯ぎしりは、日中に食べ物を噛む力の数倍もの力を歯に加えています。そのため、差し歯を守るナイトガードと呼ばれる専用のマウスピースを歯科医院で作製する場合があります。ナイトガードで、歯や顎関節への負担を軽減し、差し歯が取れたり、破損したりするリスクを減らすことができます。

差し歯の治療は口全体の環境の変化に対応しながら、定期的なメンテナンスを継続していくことが大切です。

差し歯が取れないようにする方法

大切な差し歯と長く付き合っていくための方法を、説明します。

差し歯の検診

差し歯を長期的に守る際に大切なのは、定期的な検診です。自身のセルフケアだけでは見つけられない問題が、進行していることがあるからです。痛みなどの症状がなくても、3か月〜半年に1回は歯科医院で検診を受けることを推奨します。

検診では、以下のような内容で、差し歯と口全体の健康状態を確認します。

【差し歯と接着剤の状態チェック】

  • 口全体の噛み合わせが変化し特定の差し歯に過度な負担がかかっていないかを確認
  • 差し歯本体に微細なひび割れや摩耗がないかを確認
  • 土台の歯とセメント(接着剤)が劣化していないかを確認

【土台の歯と歯ぐきの精密検査】

  • 歯ぐきの状態を検査し歯周病が進行していないかを確認
  • レントゲンを撮影し歯根の先に膿が溜まっていないか、骨の状態が健全かを確認

差し歯のセルフケア

毎日のセルフケアも、差し歯だけでなく口全体の健康を維持するために大切です。以下の3つのポイントを意識してみてください。

ポイント内容
歯磨きの方法を見直す・差し歯と歯ぐきの境目を徹底的にケアする
・デンタルフロスや歯間ブラシを併用する
食生活を注意する・せんべいなど硬い食べ物を避ける
・ガムなど粘着性の高い食べ物を避ける
歯ぎしり・食いしばりから守る寝るときはナイトガード(マウスピース)を装着する

後悔しないための歯科医院の選び方

差し歯の治療で後悔しないためにも、これからご紹介する3つのポイントを参考に、自身が納得できる治療を受けられる歯科医院を選びましょう。

①マイクロスコープやCTを導入しているか
②根管治療・再治療の実績があるか
③カウンセリング・説明の丁寧さ

①マイクロスコープやCTを導入しているか

マイクロスコープや歯科用CTは、現代の歯科治療に欠かせない設備です。

マイクロスコープは、治療する部分を肉眼の20倍以上にまで拡大して見ることができる装置です。根管治療で効果を発揮します。暗く複雑な根管の内部を光で照らし、拡大して見ることで、感染した部分の取り残しを防ぎ、治療の精度を高めることができます。

差し歯と土台となる歯の隙間を可能な限り抑えることも可能で、差し歯の寿命を延ばすことに直結します。

レントゲンは、二次元の平面画像ですが、歯科用CTは歯や顎の骨を立体的な画像で撮影できます。そのため、レントゲンでは発見が難しい歯根に隠れた微細なヒビ(歯根破折)や、骨の中の病巣の正確な大きさ・位置、複雑な神経の管の走行などを把握することが可能です。

正確な診断と精密な治療を受けるには、上記の先進設備を導入している歯科医院を選ぶことが推奨されます。

②根管治療・再治療の実績があるか

一度治療した歯が再び悪化した際の再根管治療は、難易度が高い治療とされています。以前の治療で詰めた薬や、細菌に感染した組織を取り除くには、高度な技術と豊富な経験が求められるからです。

そのため、歯科医院を選ぶ際には、根管治療や再治療の実績が豊富かどうかの確認が大切です。歯科医院のホームページなどで、以下のような情報をチェックしてみましょう。

  • 症例紹介の有無:CT画像やマイクロスコープ治療の写真が掲載されているかが大切
  • 専門医・認定医の在籍:専門医などの資格の有無は技術力を測る指標になる

③カウンセリング・説明の丁寧さ

良い歯科医院かどうかを判断するために、カウンセリングの際は以下のポイントをチェックしてみてください。

ポイント内容
原因の徹底的な説明・なぜ差し歯が取れたのかを写真など資料を見せて説明してくれる
・専門用語を極力使わずにわかりやすく説明してくれる
治療の選択肢の提示・治療の選択肢をそれぞれメリットやデメリットも含めて説明して提示してくれる
・保険や自費に関わらず最善の選択を一緒に考えてくれる姿勢がある
質問しやすい雰囲気・歯科医院側が一方的に話すのではなく患者側が質問しやすい雰囲気を作ってくれる
・時間をかけて丁寧に対応してくれる
治療計画への合意・一方的に治療を進めず患者側の希望やライフスタイルを考慮してくれる
・治療のゴールとプロセスを共有してくれる

丁寧なコミュニケーションは、医師と患者の信頼関係に欠かせません。自身の体のことだからこそ、気軽に相談でき、納得して治療を任せられる歯科医院を選びましょう。

まとめ

差し歯が取れたとき、大切なのは市販の接着剤などで付け直さないことです。取れた差し歯は捨てずに保管し、できるだけ早めに歯科医院を受診してください。

差し歯が取れた背景には、接着剤の劣化や虫歯など、何らかの原因があります。見た目を元に戻すだけでなく、根本的な原因を特定して、適切に治療することが、将来的に自身の歯を長く守ることにつながります。

この記事が、安心して治療への一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。


参考文献

  1. Assoratgoon I, Putra RH, Hihara H, Kawata T, Chiba T, Rungsiyakull P, Yoda N.Occlusal Contact Changes in Implant-Supported Fixed Prostheses: A Systematic Review.J Oral Rehabil,2025,52,11,p.2185-2194.